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俺がホールを見下ろしたとき、アイツはゴツイ男にしっかと抱えられて玄関ホールを横切っていた。
始まりの船
今度のエクソシストのイノセンスは類を見ない程強大なものであるらしい。
コムイからそう聞いて連想されたのは頑丈で屈強な男のエクソシストだった。
それを聞いてラビの奴は一人でアレコレ想像を巡らし、一人で怯えたり笑ったりしていた。解せない。
「チクショウあのパンダ!」
そう悪態を吐きながらラビが本部を後にしたのは二日前のことだ。
丁度すれ違いに今日新入りが本部につく。
コムイからそう連絡を受けたが特に興味もなく俺はいつものように修練所へ向った。
とは言っても修練所に人気はなく座禅堂のような奇妙な静けさを醸していた。
他の奴はどこかへ出払っているか興味本位に新人を拝みにでも行っているのだろう。
その修練所からの帰り、廊下を歩いていると急に地鳴りがして一瞬身構えた。
続く破壊音に低い唸り声、木々の悲鳴。伯爵の襲撃かと神経を尖らせる。
耳を澄ませていると不愉快な音は一瞬で止み、しんと冷たい空気に戻ったかと思えば今度はホールが騒がしくなった。
数人の足音、声、混ざり合い反響し合い誰が誰の声だか判らないほどだった。
「早く医療室へ!」
微かに聞き取れた言葉に下を見るとえらく嵩張る服を着た小さい女が一人男に抱えられ護られていた。
外傷も見当たらず顔色も悪くはない、神経系に異常でもきたしたのだろうか、女はぐったり目を瞑っていた。
初めは先ほどの音で攻撃された女かとも考えたが迎撃に出る奴も助けを求める奴もいなかったことから不可解に感じながらも俺は部屋に戻った。
翌日になって森へ日課となっている訓練をしに行った。
早朝であっても昼であっても、ここの森の中は鳥も通わぬ程に鬱蒼としていて音がない。
薄暗がりの中でただ時々葉と葉が擦れ合う音が聞こえるだけだ。
本部塔からある程度離れた場所に行くといつもは木しかない場所に土が盛られていた。
埋められるように大地に差し込まれた大きなそれは木々をなぎ倒しそこに立っている。
塊は異常なほどに大きい、百メートルはある長さをしている。
見上げると大きな黒壁と纏わり付くおびただしい藤壺、またその上に覘く艦橋らしい建物と砲身から軍艦だと判別する。
ゴツい錨が埋まっていることからこちらが右舷だろう。
昨日はこんなものなかった、俺が本部で聞いたあの不快音はこれが着地する音だったのだろうか。
教団用の船であるなら海に浮かべておけば良いのに何故こんなところに埋まっているのか。
ぐるりと回ってみれば梯子が垂らされていた。
上についてみると三〇メートル程の高さになった。
森が眼下に広がっていて、空が漸く広く見えた。
艦橋が真ん中後方にどんと据えられておりその前に一つ巨大な連装砲が鎮座している。丸く太い煙突が二本、艦橋の後ろからはみ出していた。
特有の油の臭いが鼻につく。風が吹くとざわざわと木々が騒いだ。
色々なところからロープやら電線やらが張り巡らされていて船体が灰色の所為もあって屋根もないのにどこか陰気な閉塞感がある。
軍艦の分け方などは知らないが、小型な方ではあるだろう。
しかし最近まで帆船が主流であったのを考えればやたら近代化した船と見える。
どこかバランスの悪さを感じつつ、俺はゆっくり甲板の上を歩いてみた。
艦橋を通り過ぎ船尾の方まで歩いてくると甲板に埋め込まれている十字架を見つける。
瞬時に合点がいった。これが、噂に聞いた『強大なイノセンス』か。
ならばコレを使うエクソシストは?
小さな女を抱いていたあの大きな男だろうか?
探索部隊にいたかもしれないが顔は覚えている訳はない。
ならばあの女は―、
そこまで考えていると後から何かが倒れたような物音が聞こえて反射的に駆け出した。
来た道を戻ると砲塔の横で鼻頭を押さえていた女を見つけた。
昨日抱えられてきた女だ。
長い黒髪を後に結わえ上げ編みこみを丸めたような複雑な髪形をしている。
膨らんだ広いスカートはそのままで、レースやらひだやら、何かと装飾が多い。
女は目を丸くして俺を見た。黒い目に赤みを帯びた唇、幼い少女の顔。
綺麗に化粧された顔は人形のように固まったままで一瞬哀しそうにするとスカートの裾を持ち上げ、一目散俺に背を向けて走り出した。
「オイ!」
思わず叫んで腕を掴む。
女は一瞬ビクリと撥ねてバランスを崩し、倒れた。服のせいかもしれないが、どんくさい。
「……新しく科学班にでも入る奴か?」
女はまた鼻を摩っていたが立ち上がろうとはせず不思議そうに俺を見上げた。
探索部隊に普通こんな女は来ない。
こいつが抜きん出た頭脳を持っているのならばどこかから科学班に引き抜かれた可能性はある。
エクソシストに他に新入りは聞かねぇし、この船の持ち主だなんてその時は到底有り得ないものだと俺は思い込んでいた。
女は一度首を傾げた後口をぱくぱくさせた。言葉を選んでいるらしい。
「科学班ってなんですか?」
わけもわからずコイツはここにいるのか。と、顔を歪めた。
「お父様に言われて来たんだけど、私エクソシストになるんだって」
エクソシスト? 他にもいたのか?
「この船を使って来たんだけどここに着いたら寝ちゃったらしくて、気付いたらベッドの上にいたの」
船? この船?
イノセンスの持ち主はコイツか。
意外だった。女の、しかも小さくて弱そうでとても軍艦に乗れそうにない奴がこのイノセンスの適合者だったとは。
「でもこっそり抜け出してきたんだけど」
怒ってます? と女が窺うように聞いてきた。
「別に俺はお前を追いかけて来た訳じゃない」
「良かった!」
怒られると、自分で罪悪感を感じているくせに満面の笑顔で女が立ち上がる。
「それじゃあ、タツヒコ。イノセンス―発動」
低いモーターの音がして煙突から一気に黒煙が舞い上がる。
重低音が腹に一定を保ち響いていてくる。
「おい! お前―ッ」
ぐらり、と船体が揺れ砲塔に叩きつけられる。
ガシャガシャと錨が巻かれ少しずつ、船が上昇を始める。
「ゴメンナサイ、こんな所で燻っている訳にはいかないのです、私は祖国イギリスの為に敵対国を排除する役目が拝せられています。
一つでも多く敵艦を沈めイギリスに、お父様に永遠の栄光という光を浴びせることこそ我が本懐」
女が嬉しそうに笑った。
何だこいつ、イカれてやがる。
聖職者、世界を賭して戦うエクソシストに国が何だ名誉が何だと小さいこと言っている暇はないのだ。
―これだから新入りってのは
一つ舌打ちを打って背中にあった六幻を抜く。
指先で刀身を撫でイノセンスを開放すると女はピクリと眉を顰めた。
「船を止めろ」
切っ先を女の喉元に突きつけ女を睨む。
女は唇を戦慄かせて目を見開いて六幻を凝視している。
「止めねぇとこのままその白っちい咽掻っ斬ってやる」
ぐ、と六幻を咽に宛がうと女が短い悲鳴をあげてその場で崩れた。
瞬間床が再度ぐらりと揺れたかと思うと胃が持ち上げられるよな急な浮遊感を感じた。
巻き取られる途中であった錨はガラガラと地面に向かい急速に地面が近づく。
「オイ! お前下ろすんならもうちょっとぐらい―」
砲塔に手をついたままに叫ぶと床に崩れていた女は傾斜に任せてずるずると滑っていく。
その向こうは甲板が途切れ、青々と広がる森の海。
ひとつ舌打ちを打ってまだ下降する船の床を蹴り気絶している女を掴んで反転し左舷に向って駆け上る。
申し訳程度に並ぶ防護柵に手をかけると重い破壊音と何本もの木が倒れる音がして反動で甲板に上から押し付けられた。
「―ったく」
平衡を取り戻した甲板の上で立ち上がる。また元の位置に戻ってきたらしい。
六幻を直して下を見ると女はまだ目を瞑ったままだった。
首に血は出ていないが赤い筋が残っている。倒れた時に刃が掠ったのだろう。
国が、名誉が、無言の女からはそういったものに執着しているようには見えない。
西洋人形のような、アジアの面影を残した女。和洋折衷なアンバランスさはこの小型の最新鋭艦と共通しているのかもしれない。
黒い髪はもうほどけてしまっていて風が吹く毎にゆらゆら揺れる。
暫くして女がむくりと起き上がった。
キョロキョロと辺りを見て俺と目が合うとバツが悪そうに目を伏せる。
「…別に本気で帰ろうなんて思ってませんよ、帰ったってもう国籍からは排除されてるんだし」
ポツリポツリと女が、それでも歯切れよく言う。
ただじっと女を見ていると今度は急に顔を上げてまた破顔した。
どれだけ言葉が背伸びしていようと笑った顔は少女のものだった。
「初めまして、・・ローッ……・と言います」
ヨロシク、と女が手を差し出してきた。
握手する気は毛頭ないしこいつの本名も興味はない。
そう考えてそのまま踵を返すと足を掴まれ前につんのめった。
「……、ミスター」
「何しやがる!」
「実は私梯子下りられないんですよ。服がね」
助けて? 小首を傾げて言うコイツに本気で六幻を突きたててやろうかと思った。
あの時何となくで船に入ったのがいけなかったらしい。
あれからに懐かれてしまい、以来暇なのか何かとついて回ってくる。
最初はどこか丁寧な一線ひいた言葉遣いをしていたのに今となってはもう崩れてしまっている。
支給された団服を着ているからもう梯子が下りられないとか裾を踏んでこけるとかいうことはしないがどんくさいのは変わっていない。
「アヒルの親子ってこんな感じだよね」
コムイがそう笑ってに餌付けして去っていった。
「神田ー髪の毛邪魔だから切ってくれない? 自分でやると斜めになるのよー」
そう言って先ほどコムイからもらったチョコをベタベタと口の周りにつけてが言った。
とりあえずハンカチでバカの口を擦ってやる。
おろされた長い黒髪にチョコが付着しているのを見て確かに邪魔だなと感じた。
実は世話焼きな神田希望。
まだ神田も若かったから好奇心で船のぼっちゃった。でもそれが運の尽き。
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