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「おやすみなさい」
「おやすみなさい、アレン」
rain -遣らずの雨-
ベッドの上に座ってアレンはぎこちなく指を組んだ。
食事も後片付けも雑談も済ませ先ほど廊下でとおやすみのキスを交わしてきたところだ。
用意された部屋は前と同じ部屋だったが、光源がランプ一つなのでとても暗い。
何故あの時自分は泊まると言ってしまったのか、今になって悔やんでいる。
確かにあの弱弱しい笑顔を見捨てられなかったと言えばそうなのだが、現実問題を考えれば発言が軽率すぎた。
自分はに少なからず好意を抱いているのは知っている。それは所謂異性に対する感情か仲間に対する感情かはまだ判別ができていない。
ただ彼女が常々神田の側に居るのもジェリーさんが好きだというのも面白くないと思う自分がいる。
同じ女の子のリナリーに対してはこう思うことはない。
自分がのことを恋愛対象として好きなのか? まさか。
いつもと一緒にいることで掻き立てられる庇護欲を恋だと履き違えているだけだろう?
それはとても愚かしいことだ。勘違いするな。
思考はいつもそこで停止する。
―何か起こっても本部からは離れているから誰にも気付かれないだろうな。
―ちょっと待て僕、何かって何だ。
一体何を考えているんだ自分は。もう考えるな。
アレンは首を振ってバタリと上体を倒した。
狭く、円い窓の向こうに同じように円い月が浮かんでいる。
「雨、止んだんだ……」
もう一度上体を起こす。このまま眠れそうにないし、少し月でも見ながら外で頭を冷やそう。
アレンはまだ明かりのついたランプを引っ掴んだ。
暗い廊下は音もなく光も届かず闇が続いている。
自分の足音が思いの外反響し慌てて歩を止めた。
―明日になって一人で月見に行ったなんて怒られるかもしれない。
後ろめたい感情が瞬時に通り過ぎる。
自分が口を滑らさなければいいだけの話なのだが、なんだかはっきりとは自信がもてない。
一瞬逡巡を巡らせたアレンであったが無意識に二部屋隣のドアをノックしていた。
「、良いですか?」
音が小さすぎたのだろうか、返事がない。
ドアノブを回すと鍵は掛けられていなかった。そのままちょっと押すと簡単に開いた。
金属の軋む音だけが響く。胸の内からせり上がってくる鬱屈したものに心臓が同調する。
―ノミの心臓。情けないなぁ
心臓と切り離された脳は意外にも冷静だ。
「……?」
恐る恐る隙間から顔だけ出すと部屋の中は暗かった。
「ん、神田ー、ヘルプミィー」
「ヒッ!?」
神田、神田!?
電流が流されたように全身が一瞬だけ跳ねた。
背筋を伸ばして首をぐりぐりと振って暗い部屋を見渡す、が、人影が見当たらない。
衣擦れの音がして、ベッドの方に目をやると円い窓からの月光に照らされての黒髪が流れていた。
寝ているのかとアレンが気付いたのは少ししてからだ。
音をたてずに部屋に入ると念のため辺りを見回して神田が居ない事を確かめた。
彼女の保護者と言える人物はアレンにとっては天敵に相当するようだ。
それにしても、と頭を抱えたくなるのはこの危機感の無さだ。
寝るというのに自室の鍵も掛けずぐっすり眠ってしまっている。
もしかしたら本部でもこの調子なのかもしれない。
多分、男は皆狼とかいう言葉をこの生涯でまだ一度も耳にした事がないのではないか。
同時に自分のことを真剣に男として見ていないのであろうということも判ってしまい哀しくもあった。
いくら春の過ぎたお爺さんのような白髪をしていても実質自分は年頃で、男なのだ。
またごそごそと音がする。
ベッドの上のが寝返り、寝顔が辛うじて見えた。
アレンはそっと近くの棚にランプを置いて視線をまたに戻す。
ぐっすり眠りこけている彼女はベッド脇に人が来ても目を覚ますことはなく円く切り取られた月光に照らされている。
ラビが以前言っていたが、は寝ている時のほうが美人らしい。
普段幼く見えるのは言動や仕種の所為であって静かにしていたらラビの好みの系統なのだそうだ。
寝ているほうが大人に見えるというのも珍しい。
陶器のような肌も長い睫毛もふくよかな唇も、よくよく見ると綺麗で整った顔つきをしている。
昨日ガラス越しに見た彼女もこんな感じだった。
軽い慨視感を覚えながらアレンは自分が彼女の顔をかなり近くで覗き込んでいたことに気が付いた。
―別にこのままキスぐら、……いや待て、僕!
全身で仰け反ってベッドから離れて胸を押さえるとノミの心臓がバクバクと悲鳴を上げていた。
ここに居ても碌なことはなさそうだ。さっさと一人で甲板に出よう。
一つ息をついて踵を返すと同時に鈍い落下音が聞こえた。
振り返ってみると案の定ベッドの上は空となっていて、代わりに自分の足元にが転がっている。
「?」
さすがに今のは起きるだろう、そう思ってアレンは声を掛けたが下から返ってきたのは寝息だけだ。
そういえば彼女の寝相が悪いのは神田が以前漏らしていた。
七日程彼女が神田の部屋に居た時余りの寝相の悪さに神田が寝ている彼女を縄で固定したほどだ。
元に戻しても結局下に落ちてしまうのでは意味が無い。
アレンはを抱き上げ、ベッドの上に戻すと近くの椅子の固定を外しベッド脇に寄せた。
壁と椅子に挟まれて、彼女の寝相がいくら悪いといっても落ちることはもうないだろう。
ゆっくり椅子に腰を掛けると隣に目を閉じたままのが見えた。
彼女のことは異性として云々という問題は置いておいて、手放したくない、大切な人だと思える。
座って寝るのは結構しんどいぞ、アレン。スランプ到来。
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