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rain -甘雨-
「雨の日はね、いっつも私龍彦に泊まるんだよ」
食堂の柔らかい照明に照らされてアレンは頭を覆っていたタオルから顔を出した。
彼女は髪の水気を念入りに落としている。
どうせ全身ビショ濡れなのだからあまり意味がないといえば意味がない。
は上着のボタンに手をかけながらもう一度口を開けた。
「機械の整備点検もしたいし掃除もしたいし。あ、雨がなくても定期的にやってるけどね」
七つのボタンを外してぐっしょり濡れた上着を籠に放り込む。
アレンは先ほど彼女の中に見たギャップに戸惑いを感じながらそれでもいつもの少女らしい彼女に安心を覚えていた。
自分の中にある二つのベクトルは一体何に起因するものなのかはわからない。
「龍彦もずっと一人だったら寂しいだろうし」
今彼女の笑顔がそこにあるだけで十分じゃないか。そうも思えた。
「少し大きいですね……」
シャワーから上がってアレンは差し出されたシャツとパンツに着替えた。
袖口が余ってしまうので少し折り目をつけている。
シャワー室はいくつもあるのだが脱衣所が一つしかない為にアレンはと交代に冷水を浴びた。
は気にしないと言ったのだが何となく気が咎めて同時間に行くことを辞退した。
「まぁそれ、神田のヤツだしねー」
「……へぇ」
神田とのセットの任務が多いことは知っているが替えの服まで置いているのにアレンは胸元がざわつく感覚を覚えた。
それでもこの浮き足だった感覚は捉えどころがなく名前は見つからない。
反対に洗面台でも探せば神田用と記された歯ブラシなどは見つかりそうだ。
「あ、アレンも今日龍彦に泊まってく?」
がお茶をポットから注ぎながら事も無げに言う。
ちょっと胡椒取って? というような軽い言葉だったのでアレンも生返事を返しそうになったが言葉を呑み込んでの顔を見た。
彼女は「アレン用!」とか言いつつ楽しそうに特大のカップに紅茶を注いでいる。
「あの……今日この艦には僕と以外の人はいますか?」
「いないよ、いつもは私一人だけどねー」
そういって特大カップがアレンの目の前に置かれる。
「ということは二人きりということですね」
「そうなるね」
どれだけ危険を匂わせてもはニコニコと笑っている。
彼女のこの余程の危機管理の甘さには時々心配になる。
この隔離された空間に女のと男のアレン、二人しかいない。
寝ることの無い任務の時とは違うのだ。それを彼女は一緒くたに考えているのだろう。
暫く考え込んでいたアレンが不意に顔を上げ
「質問させて下さい、は……雨が、好きですか?」
と聞いた。
「……」
唐突な質問には一瞬目を丸くさせて今度は彼女が考え込む仕種をした。
アレンは返事を待つ間紅茶を少しづつ口に運び髪の間からを盗み見る。
首を傾げて逡巡を巡らせているのは紛れも無くだ。
しかし一瞬憂いを宿したような遠い目をしたと思うと笑って
「スキかな。涼雨、慈雨、甘雨ってね」
と答えた。それは何だか無理をしたようなぎこちない笑みに見える。
先ほど彼女が虚しい表情をつくっていたように見えたのは分厚いガラスが見せた幻ではなかったのだ。
今目の前でバレバレの嘘をついている彼女が何だかとても痛々しく思えた。
アレンの腹の中でとぐろを巻いている感情は弱者に対する憐憫でもなければ況して優越の様なものではない。
ただこのまま彼女を捨て置いてしまうと後に後悔するんじゃないかと直感が告げた。
「……僕も今日ここに泊まっていいですか?」
「うん、勿論」
そう言って彼女はまたにっこり笑い自分の紅茶に口をつけた。
短め。
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