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しと しと しとと
雨垂れる
雨の中 霧の都が遠ざかる
しと しと しとと
rain -煙雨-
「雨だよ、雨! 雨!」
別に雨が降るのは珍しいことではない。
しかし雨が降る日は決まって彼女は飛び跳ねて喜ぶ。
その上修練所にまで駆けつけて来てそれを報告してくれる。
綺麗な黒曜石の目を輝かせて、手を組んで。
報告が済むとすぐに姿を消してしまう。
雨の日はこの時以外に僕は彼女を見たことが無い。
大概なら神田を探せば横にいるのだが雨の日に限っては神田の隣が空いている。
部屋に篭っているのかと思えばそうでもない。彼女の部屋をノックをしても全く返答は得られなかった。
不思議で仕方が無い。別に急用があるわけでもないけれど、一度気になり始めたらその思いは休息を忘れる。
一度彼女にそれとなく聞いてみたらのらりくらりとかわされた記憶がある。
正攻法では既に失敗したのだ。
けれども後を尾けるような気にもならないしまして神田に聞くのは何となく屈辱だ。
ただ漠然とした疑問だけが浮上して、そのまま次の雨の日まで沈みこんでしまう。
今日もそんなことだろうとは思っていた。
から雨の報告を受けてから、僕は彼女を探すでもなく玄関ホールをフラリと訪れた。
硬質なブーツの音が冷たい床に響く。
暇潰しに部屋から出たが到底この何もない玄関で暇が潰せるわけはない、部屋に帰ろうかな。
顔を上げて窓をみるとどんよりと曇った空から小粒の水滴が降っていた。
教団に鬱屈とした雰囲気をつくっているのはその向こうに見える森だ。
生い茂った巨木はその葉で太陽を覆い隠してしまう。
僕が窓につく水滴を数えていると暗い森に黒い影が見えた。
黒い髪に黒い服短めのスカートからのびる華奢な足、小柄な背丈。だ。
後姿しか見ていないが彼女がだということには確信が持てた。あのぐらいの背で黒髪はそういない。
傘もささずにはそのまま覚束ない足取りで森の中に入っていった。
僕は呆然と窓の前に立っていた。ただ窓の外が異世界な気がして手が伸ばせなかった。
彼女の後を追おうと思ったのは雨のせいで下がった気温に少し身震いしてからだ。
追うといったところで彼女が行く場所を知っているわけでもないし思いつくでもない。
ただ木の葉から垂れる雫に打たれながら歩を進めている。
時々地上に露出している根に蹴躓きながらなんとか20分程歩いた。
ももう帰ってしまったんじゃないか、そんな疑念が浮かんできた時前方に道を塞ぐ巨大な壁が見えた。
黒いそれは土中に深く刺さっていて十字架のマークが描かれている。のイノセンス「龍彦」だ。
任務の時以外使用されることのない武器での任務が少ない以上龍彦は姿を中々と見せない。
空を切って進む雄姿は壮絶なもので据えられた砲から発射される弾丸は僕のイノセンスの何十倍もの威力を持つ。
少女が扱うにはとても似合うものではないのだが、神は彼女を選んだのだ。
見上げると簡単な縄梯子が垂らされていて所々泥が着いていた。
最初この艦を訪れた時に感じた印象がそのまま甦ってくる。
灰色い壁に冷たい空気。天井を這うパイプや線。むっとする油の臭い。
今日は電気がなく暗かったのだが、印象はやはり変わらない。軍艦だ。
他の軍艦を知っているわけではないが、浮かぶ城と呼ばれる割に生活の空気が匂わない場所だと思った。
ただ違うといえば今は雨音しか聞こえないことだ。以前は忙しなく重いエンジン音が響いてた。
いつもは不自然な程に完璧な清掃をされた廊下ものものだろうか、水滴と泥が跡を残していた。
ずっと続く廊下を音を立てないように歩いてを探す。水たまりが途切れないところを見ると彼女も相当濡れたようだ。
操舵室の分厚いドアのガラス窓を覗くと舵輪に手をかけているの横顔が見えた。
髪の先から落ちる雫が彼女の肩を濡らしていく。このままだと風邪をひく。
声をかけようと取っ手に手をかけて僕ははっと止まった。
彼女は表情もなくただ立って向こうを見ているだけなのだが、それが彼女らしくなかった。
笑っているかハシャいでいるか。怒ったり惚けたり、表情の豊かなであるが憂いを帯びた哀しい表情は初めて見る。
暗い室内で茹だるげにぼんやり一点を見つめる彼女は十七という年相応に見えた。
いつも子供っぽく見えるだけにひどく大人びているように思える。
どこか儚げでそのまま闇に呑み込まれてもおかしくない闇を湛えた眼。
頭の奥で聞こえる早鐘に同調するように心臓が跳ねた。
著しい体調の変化に戸惑いながらも手を下ろしてそのまま後ずさる。背が壁に当たった。
――五月蝿い。
止まれと念じつつ胸を押さえて目を瞑る。
「アーレーン、どーかしたのー?」
「う、うわっ!」
ギィ、と軋む音がして心臓が今度は跳び上がった。
目の前で少女が首を傾げて立っていたのだ。
は驚く僕を見て悪戯っぽく笑っている。その笑顔からは憂いや哀愁は一片も残っていなかった。
白アレンの片思いって萌え。
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