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「ちゃん? まだ居るよね、ちょっといいかな?」
コツコツと軽い音がしてドアがノックされた。
籠の中の鳥が逃げた
朝早くにノック音が部屋に小さく響いた。
また龍彦に行くつもりで簡単な用意をしていた私とそんな私を待っていたゴズさんが同時にドアを見た。
鍵もかけてなかったのを思い出してどうぞ、と促すと廊下から白いコート姿のコムイさんがドアを開けて入ってきた。
「コムイさん、おはようございます」
「やぁ、おはよう」
簡単な挨拶をした。
私はとりあえず持っていたカバンを持ち上げて肩に掛けた。
その間にコムイさんが来訪した用件を言ってくれるかと期待したけれどコムイさんは無言でじっとドアの前で立っていた。
不思議に思って顔をあげるとコムイさんと目が合った。首を傾げるとコムイさんが薄い唇を開けた。
「ちょっとイノセンスについて講釈を垂れようと思ってね」
講釈? 今更? 今頃? もう何回も説明されたんだからわかってるよ!
そんな感情が多分一気に顔に表れていたんだと思う。コムイさんはちょっと苦々しく笑うと私に座るよう言った。
私はカバンを持ったままベッドの縁に座る。ゴズさんは壁を背に直立不動していた。
「さて」
コムイさんがゆっくり歩く。部屋の中央まで来るとすぐ近くにあった椅子を引き寄せてこちらに向けて座った。
「イノセンスが不思議な力を持っていて、世界中で色々な怪奇現象を起こしているのは知っているね?」
教師が生徒に簡単な応用問題を教える時のように、何だかもったいぶったような言い方だった。
コムイさんの考えが全く見えない。今は素直に頷くだけにした。
私の首肯に満足そうに微笑んで先を続けた。
「人形に命を吹き込み、街の時間を止め、そして」
コムイさんは一度言葉を止めて窓の外を一瞥した。
「船を空へ飛ばす」
あぁ、龍彦のことだ。
私からは見えないがきっとコムイさんは今窓から見下ろせる龍彦を見たのだろう。
「イノセンスの適合者、エクソシスト達は専門的に武器化されたイノセンスを使い戦地へ赴く」
何から何までわかりきっていることだ。今更そんなこと私に言って何の意味があるんだろうか。
そろそろコムイさんの勿体ぶったような言い方に苛立ちを覚え始めた時、コムイさんが鋭く言った。
「結論から言うと、矢張り君の『龍彦』は戦闘に、君にも不向きだ」
「それはありません。今までだって任務の際にはきちんと戦ってきました」
「帰ってきてすぐに卒倒するのが君には向いている、とでも言うのかい?」
真っ向からの正論に奥歯を噛む。
「少々の負担はあろうとも問題にならない程度のものです」
「君のイノセンスはね」
コムイさんがため息をつく。
「言うなればミランダの柱時計と同じなんだよ。戦闘用に特化された刻盤とは扱いにも効果にも雲泥の差がある」
「龍彦は戦えます」
間髪入れずに応え返す。
「それは運が良かっただけだ。たまたま君のイノセンスがくっついたのが軍艦で、たまたまAKUMAを破壊する能力が備わっていただけだ」
結局AKUMAを破壊できているのだから問題はないんじゃないのだろうか。
「全て偶然の産物だ。君は君用に特化された専門武器を所持する義務がある」
「お断りします」
「今教団は緊急事態に陥っている。今までは適合者の意見を尊重していたが単にAKUMAの破壊だけでは済まなくなった」
コムイさんを見る。
まさか。
私は飛び跳ねるようにベッドを立った。
開かれた窓に駆け寄る。
円く拓かれた森の中に龍彦は沈んでいる。
「アレは…」
目を細める。何かが巻かれている。
「どうかわかって欲しい」
コムイさんの声が後からした。
何をわかれって?
イヤだイヤだイヤだイヤだ。
白衣の男たちが龍彦の周りを取り囲んでいる。
触るな、触るな触るな!
「ヤメなさい!」
身を乗り出す。
船首部分を登ろうとする男が見えた。
「ヤメなさい! 離れて! ヤメて!」
「聞こえないよ」
この距離じゃね、とコムイさんが付け加える。
彼は祖国を守ってきた英雄なんだ、誰にも触らせない!
「私の龍彦に触らないで!」
泣きそうだった。
窓枠を握り締める。
「さん」
諦めたようなゴズさんの声が聞こえたと同時だった。
雷が轟くような地鳴りが聞こえる。龍彦がぐらぐらと揺すられたように動いた。
龍彦に巻かれていたものがぷつぷつと簡単に切れる。
鼓膜を痛くなるほどの大きな音が響いて、龍彦が見えない誰かに持ち上げられたかのように森の木々の穴から脱出した。
「龍彦」
ワケがわからない。
私が触れてもいないのに発動するなんて。
龍彦はゆっくりした動きで、
接近してきた。
一瞬だった。
座ったままのコムイさんには龍彦が見えていなかった。
甲板がすぐ下を滑った瞬間に私は窓枠に足を掛けて龍彦の固い前甲板に飛び降りた。
落下の衝撃は、思ったより痛かった。
膝を打ってしまったけど血は出なかった。
『ちゃん! 今すぐ引き返すんだ!』
黒い羽根をバタつかせたゴーレムが一体急に近づいてきた。コムイさんの声がする。
後甲板へ走る、私の部屋の窓から身を乗り出しているコムイさんが見えた。
顔はよく見えないけど、多分睨まれてる。
『君の龍彦とのシンクロ率は70前半、改良されていない今の状態では限界なんだ! 命取りになる!』
必死な声。
「スミマセン、コムイさん私今反抗期なんです」
だから、従いません。
そう答えるとなんだかもっと必死な声で、ゴズさんの泣き声のような怒鳴り声がスピーカを通して聞こえてきた。
「龍彦、行こうか」
風がふく。見上げると二本の煙突が聳えている。
ドキドキと存在を主張する心臓を押さえる。
じっとりとした汗が噴き出して来て頭の中では警報が鳴っている。
無謀で無鉄砲で衝動的。
わかってる、わかってるけど。
行ける気がした。
『後悔するよ』
コムイさんの声が風に掻き消えて、教団本部が離れて行った。
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