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「バクちゃーん!」
「! ちょっと待」
「オぶッ」
「ば、バク様―――!!」
ハロウィーン1
普段アジア支部で仕事をこなすオレ様が本部まで赴くのは年に数回のことだ。そうあるワケではない。
今日も用事がなければ遠路遥々と本部までやって来はしない。コムイのふざけた顔など見たくはない。
出発の直前になって本部へ着くのが丁度ハロウィンだと気付いた。
ハロウィンといえばそう、子供等がオバケや怪物の仮装をして家々をまわりおかしを貰う西洋のイベントがある日だ。
確か一昨年だったかその前だったかのハロウィンに仮装した二人のエクソシストからおかしをせがまれたのを記憶している。
「バクちゃーん!」
腹立たしいコムイの顔も見納めて清々して、休憩でもいれようかとバクと廊下を歩いていた時だった。
後ろのほうから子供のような甲高い女の子の声と足音がした。
振り返ると視界が緑色の何かに塞がれて何者かのタックルを喰らって肉体派ではないオレ様は廊下の硬い石畳に背中をぶつけた。
「痛いではないか! こ」
「アタタタタタタタ…ご、ゴメンナサイバクちゃん。大丈夫?」
頭を起こすとそこには鼻を押さえたがバツの悪そうな顔でオレ様のすぐ横で四つん這いになっていた。
−天性の愛らしさと明るさを併せ持ったエクソシストの少女だ。
彼女の東洋の血を思わせる黒い目を見て急に怒りが冷えていく。
「バク様、ちゃんお二人ともお怪我はありませんか?」
「うん、ありがとうウォンさん」
ひどく慌てた様子のウォンがチョロチョロと周りをまわっている。
オレ様はウォンの手を払いのけて立ち上がり、ちゃんの腕を取って立たせた。
「ー、その格好で走るのはさすがにマズいさ」
の走ってきた方向からふざけた帽子を被った男が追いついた。ブックマンの継承者とかいう奴だ。
よく見ると帽子どころか格好までふざけている。
白い長い耳のついた、兎の頭を模した帽子に男子正装。首から大きな懐中時計が掛けられている。
アリスの白兎、ぐらいしか該当がない。
横に目をやる。が居た。
改めてみると普段の団服からは程遠い格好だ。
房飾りのついた袈裟と日本の法衣、山伏の格好だ。頭には赤面で異様な程鼻の伸びた老人の面をずらしてつけている。確か日本の妖怪にこういった格好の奴がいた気がする。
えー、あ、テング、だったか。
当のは手にしている緑の葉っぱでできた扇を見て何か騒いでいる。
「折れたー! ラビ、折れた!」
「あちゃー、コケた時やっちまったなこりゃ」
先ほどオレ様の視界を奪ったヤツはあれか。
「でも扇がなくてもちゃんと天狗だってわかるよね、ネ!」
「だーいじょうぶさ、見える見える。な、バク支部長」
「あ、あぁッ、可愛らしい天狗さんだよ」
いきなり話を振ってくるな!
ぼーっと葉扇を眺めていたオレ様はラビに急に話題を振られて一瞬たじろいでしまった。
恨めしくラビを睨むとラビは俺の視線から逃れてまるで子供相手にするような仕種でをあやしていた。
何度かラビがの頭を撫でて何か言うとは機嫌を直したらしく笑顔をみせた。
そして二人並んで簡単な打ち合わせをすると
「トリック・オア・トリート!」
と声を揃えた。
一昨年だったかその前だったか、フラッシュバックする。
同じように二人が並んで同じように声を合わせていた。
「安心したまえ、今年はお菓子持参で来たよ」
そう言うと二人は嬉しそうにハイタッチを合わせて子供のように喜んだ。
十歳以上年下のエクソシスト二人が何だか無性におかしい。
笑い出すのをこらえてウォンに手で合図するとウォンは恭しく背負っていたリュックからラッピングされた袋を二つとりだした。
「こちらでございます」
「ありがとう!」
「ありがとうさ!」
袋ごと二人に手渡すと満面の笑みで返される。わざわざ作らせた甲斐があったというものだ。
「おわ、うまそう」
袋を覗き見たラビが漏らす。
「え、か可愛い! バクちゃんこれなぁに?」
「寿桃、桃饅頭だよ」
パリパリと鳴る袋とオレ様の顔を交互に見る。
「ありがとうバクちゃん」
可愛らしく微笑んでみせると彼女が腰に提げていたカボチャ型のお菓子入れに桃饅頭を収めた。
「……ちゃん」
「ん?」
しっかりと蓋がしまったことを確認してが顔を上げる。
今気付いたばかりだが、今日の彼女には微かな違和感がある。
「…もしかして、背伸びたのかい?」
いつもよりも顔が近いということだ。
成長期にある彼女が背を伸ばすことは何ら不思議はないのだが、何と言うか急に顔が近いところにある。
「ラビ、ラビ! 私やっぱり背伸びたかな!」
「いや、どうみてもその靴のせいさ」
ハシャぐ彼女を反面冷静に返すラビ。
「靴?」
の足元を見てみると確かに西洋靴とは明らかに違う履物をしていた。
「ちぇー」
唇を尖らせながら、が片足を上げる。
日本の木でできた靴、下駄だった。
しかしその下駄は一枚歯で通常よりも歯が高いものだった。
「バランス感覚が良いんだね」
「でもコレ難しうわ!」
「うぉっ!」
考えてみればあの下駄で片足立ちなど自殺行為も甚だしい。
簡単にバランスを崩したはオレ様の方に倒れこんできた。
突然のことで支えきれずに廊下で尻餅をつく。
ゴキ、という嫌な音が聞こえた。
尻餅をついた以外はオレ様は痛くない。なら今の音は―。
「ちゃん、大丈夫か!」
「だだ大丈夫です! それより一度ならず二度までもゴメ」
「そんなことより! 今凄い音がしたが骨は折れてないか?」
の声を遮って彼女の肩を掴む。
は不思議そうな顔をして、首を振った。
「〜、やっぱその靴危ないさ」
足元でラビが屈んでいる。
ラビの視線の先を辿ると見事にぱっくりと歯の折れた下駄がそこにあった。
彼女の足が折れた音ではなかったようだ。良かった。
安堵を覚えて彼女の顔を覗き見る。
すると拗ねた子供のような目で自分の足元を見つめていた。
「これからまだハロウィン回るのに」
「去年の俺の服貸してやっから今年は天狗中止にするさ、な?」
ラビに頭を撫でられても釈然としない様子でが膨れている。
どうにか役に立てれば良いが―。
「あ、バク様、バク様! コムイ室長がお呼びです」
「ハァ!?」
機嫌の悪いの横顔を眺めていると廊下の向こうから歩いてきた白衣の男が呼びかけてきた。
「用件なら先ほど済ませた筈だ」
「それがコムイ室長、違う書類まで渡してしまったらしくて」
できれば今すぐに科学班研究室まで、と男が畏まって言う。
コムイ、ここにきてまで腹立たしい男だ。
「ちゃん、すまないがボクはもう行かなくては」
「あ、うん。バクちゃんゴメンね?」
「いや」
すまなさそうにするの頭に手を置く。サラサラと流れる黒髪が心地よい。
「今日一日、君が楽しく過ごせますように。ハッピーハロウィーン」
「ありがとう!」
至極嬉しそうに微笑む彼女にはやはり笑い顔が似合うと確信した。
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