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「? …カンダ?」
ぐるりと見回す。朝焼けの空がうっすら白んでいる。
どうやら自分はまた出遅れたらしい。
ティムキャンピーに顔の上に乗られて苦しくなり目を開けるといつの間にか寝てしまったらしく
それまで一緒に座って月見にワインを飲み合っていた二人が消えていた。
それどころか船はもう空を飛ぶことを止め森の中で止まっている。
上を見上げると鬱蒼とした木々の向こうに教団本部の塔が見えた。横の森の中に居るらしい。
船内をぐるりとウロつく。
人影どころかそれまで唸っていた機械の音もない。空気が冷たく張り詰めている。
静まり返った暗い廊下にアレンの足音とティムキャンピーの羽音だけが鳴る。
アレンはとりあえず荷物をまとめて前甲板にあった梯子から船を下りた。
―起こしてくれても良かったのに。
アレンは何となく腑に落ちないまま森を抜けて本部へ向かった。
8
あれから三日が経つ。
本部内で一向にの姿を見ない。
部屋から下を覗いて見ると森の中に龍彦は埋もれていたので任務に出ているわけではないだろう。
一度食堂にそれとなく粘ってみたがが現れることはなかった。
着いていたハズレ任務の報告も終えて少し話したいな、なんて思っていたのに。
もしかして知らないうちにかくれんぼでもされているのだろうか。
ぼんやり考えつつ談話室で紅茶を飲んでいるとリナリーが僕の前に座った。
リナリーが長い黒い髪を肩の後ろにどかせる。
「どうかしたの?」
「いや……」
僕は一瞬のことを聞こうかと思った。
しかし急用があるわけでもないことを考えると何となく憚られる。
「?」
リナリーが僕の曖昧な返事に首を傾げる。
選択肢は3つだ。リナリーに聞くかカンダに聞くか自力で探すか。
何となくカンダには聞きたくない。もう2日ほどかけて自力で探してもダメだった。
だったら…
「・って知っていますか? エクソシストの」
僕が聞くとリナリーは少し目を丸めてすぐ元の表情に戻した。
「知ってるわよ。面白い子よね」
「ええ、ちょっと変わってますね。彼女が今どこに居るか知りませんか?」
僕は紅茶を一口つけてさりげない様にリナリーの顔を見る。
リナリーは困った様に眉尻を下げていた。
「……聞いてない?」
「はい。ちょっとすれ違っちゃいまして。ちょっと話をしたいのですが見つからないんですよ」
更に困った顔をされる。
何かマズかったのだろうか。
「はね、今医務室で寝てるのよ」
近くに誰が居るわけでもなかったが、リナリーが内緒話をするように身を屈めて声を小さくして言った。
「病気にでもなったんですか?」
「違うわよ、もう。どうせだから言うけどあんまり周りに広めないでね」
「誓います」
僕は紅茶をテーブルの上に置いてリナリー同様前かがみになる。
彼女の表情からして、真剣な話なのかもしれない。
「のイノセンスは知ってるわね? あの空飛ぶ船。あれが何で飛ぶのかわかる?」
「イノセンスだからじゃないんですか?」
「そうよ。イノセンスだから浮くの。もっと言えばがイノセンスを発動させているから、宙に浮くの。
そうじゃなかったらただの海に浮かぶ軍艦よ」
イノセンス。
心臓が小さく跳ねた。
「はあれで移動するのに2日も3日も連続で寝ないでイノセンスを発動させてるの。
アクマの襲撃があれば迎撃も主にがするし機関の整備もがする。
前に聞いたんだけどは航空中はそんなに疲れないのにイノセンスの発動を止めた瞬間疲れがきて眠っちゃうんだって。何日も。
17歳の女の子には身体的にしんどいものがあるわよ。だからそれもあって兄さんも大元帥もあんまりを任務に出したくないみたい」
にはあんまり言わないで、とリナリーが付け足す。が外に行きたがっているのは周知のことのようだ。
「じゃあ医務室へは…」
「神田が抱えて持っていったの。なんかいっつも運び役やらされてるみたい」
リナリーがそう言ってクスクスと笑った。
確かに文句を言いながら律儀に運んでいる姿は滑稽な気がする。
「…面会はできますか?」
「本人は寝てるけどね」
僕はさっと腰を上げて談話室を出た。
釈然としない気分の悪さが重く、僕の頭を殴った様だった。
「あまり大きな音をたてたりはしないで下さいね。何かありましたらすぐにお呼び下さい」
医療班の人に連れられての病室に来た。
白い部屋に白いベッドの上で黒い髪をした黒い服の少女が横たわっている。
少女の腕からは何本も点滴のチューブが出ていた。
僕は備え付けの椅子に座ってを見る。
ベッドの上で規則正しい寝息をたてながら眠っている。
「…」
名前を呼んでみる。返事はない。
彼女は朝も夜もずっと寝ないでいたのだろうか。
船を動かせて索敵ゴーレムの報告に気を張り機関の整備から操舵までたった一人でこなしていたのか。
お腹に重い石がずんと沈んだようだった。気が重い。
何も知らなかったとはいえ、彼女に申し訳なく思った。
すっかり彼女の行動と笑顔に騙されていたのだ。
「スミマセンでした」
神田は知っていた。
それだけの差なのに、神田は神田なりに彼女を気にかけていたようだった。
時々本気でキレてはいたけど。
「んん…」
僕が十分程眺めているとがもぞもぞと動いてゆっくり目を開けた。
黒い目が僕の視線とかち合う。
するとすぐ目をそらしては再度強く目を閉じてしまった。
「…?」
「わたしは・なんて人じゃないのであと五分寝ますー」
おずおずと名前を呼ぶとシーツに顔をこすり付けてが駄々をこね始める。
僕は内心ほっとした。嫌われて目を逸らされたわけではなさそうだ。
「医療班の人ー! が起きましたよー!」
「聞いてよ人の話!」
廊下に向かって叫ぶとはベッドから手を伸ばして僕の脚を叩いた。
医療班の返事が廊下の向こうから聞こえてくる。がちぇーとか何とか言っている。
確かにここのベッドはフカフカして気持ち良さそうだ。
「」
僕はむくれるを宥めるよう彼女の頬に唇を寄せた。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
が僕の頬にキスを返す。
二人で笑いあうと東洋系の医療班の一人が気まずそうに入り口で立ち尽くしていた。
序章終
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