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「大丈夫ですよ、筋肉が衰えただけです」
赤毛の男は手際良くの腕から針を抜きながら言った。
「7日…ですか? 全く歩かなかったんで足の筋肉が衰えてしまったんですよ。他も色々力が入りづらいでしょう?」
言われるままは手の平を二,三度ゆっくり握ってみた。
の返答も待たずに男は続ける。
「一日二日リハビリすれば元に戻りますよ。ちょっとした筋肉痛になるかもしれませんがね」
今まで不安そうにしていたアレンはその言葉にほっと息をつく。反面当人であるは表情も変えず頷いただけだった。
「さんのお目覚めをコムイさんへは私から報告しておきましょうか?」
「いや、いい。コイツの部屋のこともあるから俺が行く」
壁を背に立っていた神田が急に口を開いたので男は茶色い目を一瞬丸くさせたがすぐ柔和な表情を浮かべた。
ベッドの上
「神田今からコムイさんとこ行くの?」
白いベッドの縁に腰をかけたがドアノブに手をかけた神田に声をかける。
神田は首だけで振り向いた。
「ああ、お前はそこで待ってろ」
「いやー私も行くー」
足を軽くバタバタさせると神田が苛立たしく舌を打った。
「、歩けないんですから無茶言ってはいけませんよ」
宥めるようにの前にしゃがんでアレンが言う。
それでもは笑顔を浮かべて
「そこは、ほら。おぶってくれたら移動できるよ! ついでに食堂にも連れてって!」
勝手なことをのたまった。
それを聞いて神田の表情は変化しなかったが声として発せられないはっきりとした拒否の声にアレンは居心地悪く縋る様にを見た。
凡そ空気の読み方を知らない彼女は笑顔のままに腕を伸ばしておんぶをねだっている。
赤ん坊がするような動作に怒る気も失せたのかピクリと眉を動かした神田は聞こえよがしに舌を打ちドアから離れての前に片膝をついた。
くるりと反転して神田はに背を向けると乗れと指示する。
「今回だけだからな」
「やった」
預けられた肩に手をかけてがベッドから腰を上げようとする。
アレンはフと顔をあげた。の動作をじっと観察する。
「……、そんなスカートでおんぶなんかされたら見えちゃうんじゃないですか、中。ただでさえ危なっかしいのに」
アレンの言葉に動きが止まったのはだけではなかった。
神田までしゃがんだ状態で微動だにしない。
緊張した空気がピリリとアレンの鼻先を掠める。
はアレンを円い目で見据えながら上げかけた腰を重力にまかせて戻した。
「…神田いってらっしゃい!」
「ああ」
コロリと態度を変えてはさっさと退室する神田を見守った。
バタリとドアが閉まると少女は安堵の息を漏らした。同時に危ないとか何とかいう呟きも漏れた。
「じゃ、神田が帰ってくるまでリハビリでもしますか?」
「あ、う」
へにゃり
無意識に立ち上がろうとしたの足が本人の意に反してまたヘタレる。
「地道に行きましょう」
「ハーイ…」
諦めたようには白い神田のベッドにかけた手に力をいれた。
腕を組んだ神田と椅子に深く腰を掛けたコムイとの間に穏和ではない空気が流れる。
ただならない雰囲気にリーバーは書類越しにちらりと目を上げてすぐ目をそらした。
今回だけは室長が斬り付けられても仕方がないと思った。
遊びが過ぎたのだ。
今正に血管がブチ切れそうな青年を前にコムイは表面上微笑を浮かべて応えている。
とはいっても両手先は蛇に睨まれた蛙のようにブルブルと震えていることからして命の危険を感じているのだろう。
「もう一回言ってみろ」
低い地の底から聞こえてくるような言葉に自分に向けられていないと知りつつリーバーは肝が冷えるのを感じた。
それを直で受けてしまったコムイは耐えられなくなったのかフと目線を逸らす。
「いや、あの…スミマセンでした」
廊下にまで響き渡る轟音と共にその日科学室は崩壊した。
「はーいちゃーん、ここまで歩いてみて下さーい」
「うわぁ! 何その幼児扱い!!」
机にしがみついてかろうじて立っている状態のが壁に手をついて悪戯っぽく笑うアレンに向って喚いた。
恨めしそうな視線を浴びながらアレンはにこにこと笑顔で受け流す。
それが逆に癪に障っていては一人歯を軋ませながら気焔を吐いている。それにしても小鹿のように足を震わせている姿は迫力がない。
「……何、やってんだお前ら」
ドアが開いて破壊行動を終えてきた神田が部屋に立ち入ってきた。
「いえ何も」
「アレンに虐められてる! うぁっ!」
神田の帰宅に安心したがその場に崩れる。
神田はこめかみに指を当て呆れたような表情を見せたがアレンを咎めるでもなく前を通り過ぎ机の足に八つ当たりしている少女を抱えた。
「え、何? 食堂行くの?」
「モヤシ、そこの鞄持ってついてこい」
俵抱きにされているを無視して神田は部屋の隅に置かれている黒い鞄を指差した。
「あ、はい」
返事を聞いて神田はスタスタと廊下へ出る。
置いて行かれそうになったアレンが慌てて後を追った。
広い廊下をすれ違う人間は奇異の目で三人を見た。
凶悪な面で辺りを睨みつけつつ少女を抱えている神田は街中にいたらただの誘拐だ。
の食堂と逆だという抗議はないものとして進んでいく。
一つのドアの前に来て、神田は立ち止まり鍵を開けた。
無遠慮にずかずかと踏み入って抱えていた少女をベッドの上に放り投げる。
「……誰の部屋ですか?」
海図、本、模型、様々な私物に埋もれている部屋を見回しながらアレンが呟く。
壁には英国国旗まで掲げられていた。
「私の部屋だよ、ヒドイなぁ」
へらへらと笑っては腕を伸ばした。
伸ばした手の先には古ぼけた新聞がスクラップされて壁に飾られていた。
びっしり細かい英字で埋められた記事の左端には壮年の男性がきっちり姿勢を正して写っていた。
胸に多くの勲章を飾った軍服が白黒の中で煌いている。
「の部屋、直ってたんですね」
荷物を神田に手渡してアレンが小さく言うと神田は苛立たしげに頷いた。
「帰って二日目にはほぼ修復されていたそうだ」
アレンが端正な眉を歪めて顔を上げる。
神田が唸るように続けた。
「連中、面白がって人の部屋に置いといたんだと」
「へぇ」
冷たく光ったアレンの目に神田は頬に電流が走るのを感じた。
しかし一瞬で自分に向けられたものと違うことを確信し首を振った。
「じゃあ、僕はちょっと用事ができましたので神田とリハビリしといて下さいね」
「おい何で俺が…」
「? うん、行ってらっしゃい」
神田の抗議を無視してアレンがパタパタと手を振って部屋を後にする。
壁から手を離してが振り向くと鞄を机の上に乱暴な仕種で置いている神田しかいなかった。
五分後、黒煙のもうもうと吹き出る大破している科学室のドアを白髪の少年が笑みを浮かべながらノックする。
-了-
黒アレンを書きたかったのです。
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