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「退けモヤシ」
「モヤシじゃありません」
「うっせーな。黙って退けモヤシ」
「……ねぇ」
「大体何ですか、人のことモヤシモヤシってこのパッツン」
「んだとコラ」
「ねぇ、神田、神田!」
「引っ張んなバカ!」
「私は?」
「あ?」
アオヤギ
神田がこれ以上ない程可哀想な子を見る目でを見ている。
神田は自分とは意見の、馬の全く合わない人物であるが今だけは共感できる。
軽い言い争いをしているところにやってきた人物が仲裁を図るわけでもなく出し抜けに「私は?」なんて言ったら誰でも一瞬思考が止まる。
「アレンばっかりズルいよ。私は?」
そう言っては憮然とした表情で神田の袖を引く。
僕とばかり喧嘩してズルいから私とも喧嘩してよとでも彼女はいいたいのだろうか。いや、そこまで血気盛んな性質でなかった筈だ。
神田は表情を崩さないまま斜め後にいるを凝視している。
「できれば私はモヤシ以外で美味しそうなのがいいな!」
神田の眉間に更に皺がよった。
「えぇっと……?」
「ん?」
堪りかねて声をかけるとが神田の影から顔をひょこっと出した。
「食べ物のあだ名なんてそんなに嬉しくありませんよ?」
寧ろ自分のモヤシという不名誉なあだ名ならいくらでも喜んで贈与したい。
「え? そういうもんな……ん?」
聞き返そうとしたが言葉を途中で切って神田を見る。
神田はの頭の上に手の平を置いて無表情にを見下ろしていた。
「…………アオヤギ」
「アオヤギ? 何それ」
突然振ってきた単語には呆けて口を開ける。
「自分で調べろ」
神田は仏頂面のまま、それでも何故か口角だけ吊り上げて踵を返す。
っていうかあの人ここ通るんじゃなかったのか? 遠回りでもする気だろうか。
「アレン、アオヤギって知ってる?」
ぼーっと神田の背中を見送っているとが首を傾げて聞いてきた。
首を振るとは首を傾げて唸った。
「誰かに聞いたらわかると思う?」
「でもコムイさんもリーバーさんも仕事中で忙しいですよね」
コツコツと足音を鳴らせて二人で長い廊下を歩く。
屈強な体躯をした2,3人の探索部隊とはすれ違うが人気はない。
まぁ暇だし別に全く構わないんだけど。結局僕、巻き込まれている。
「食べ物のことだし、ジェリーさんに聞くとかどうかな! どうかな!」
横のを見ると目を輝かせていた。
というか、ジェリーさんに会う口実ができて嬉しいのだろう。
昼ごはんは随分前に食べたところだし、今は食堂も空いている気がする。
曖昧にうんとかはぁとか返事をするとは僕の言葉も言い終わらないうちに進路を食堂へ向けた。
「ジェーリーィーさーん!」
「はーぁーいー!」
注文口でが大声でジェリーさんを呼ぶ。
なんとなく「花子さん」「はぁーい」のフレーズを思い出した。
厨房の奥から現れたのは見上げるほどの大男、というのが適切な長身の男で引き締まった腕にサングラス、という近寄りがたい雰囲気がある。
これで中身がオカマなのだから世の中わからない。
「二人ともどーしたのん? オヤツかしら」
「あ、いえ! そうじゃなくて! いい天気ですね!」
「? えぇ、まぁサッパリした天気よね」
一瞬の声が上擦る。
横目でを見るともう傍目にわかるぐらい挙動不審というか、テンパってるのがわかった。
当のジェリーさんはそんな天気の話題を急に振られて首を傾げている。
話進みそうにないなぁ。
「ジェリーさん、僕達アオヤギについて知りたいんです」
とりあえずここで突っ立っていても仕方がないし、助け舟を出す。
横で親指立ててないで自分で会話して下さい。
「アオヤギ? あー、あるわよ」
ちょっと待って、と言付けてジェリーさんが厨房の奥に消える。
なんだ、簡単に答え出たなぁ。
最初は色々たらい回しにされて資料室で資料と格闘することを考えた。
すこし肩透かしを食らった気分だが、簡単に済むことに越したことはない。
「コレよ」
ぼーっと注文口の机の柄を眺めていたらジェリーさんの声がした。
見るとジェリーさんは水を張った浅めの鍋を持ってきていた。
鍋の中には貝の剥き身がいくつも見ずに浸っている。
あっかんべーでもする時のようにオレンジ色の舌を惜しみなく伸ばしている。
「でも何で急にバカ貝のこと知りたくなったの?」
が驚いた声を出した。
「え、これ、アオヤギじゃないんですか?」
「青柳っていうのはバカ貝の別名でバカ貝の柱以外の剥き身のことを言うのよ」
なんとなく最後に神田が笑ってたのがわかった気がした。
「……バカ貝、ねぇ」
ふっとため息をついて横を見る。口をへの字に曲げたと目が合った。
「アレン、ちょっと私神田のとこ行ってくる」
「あぁ、はい。いってらっしゃい」
はジェリーさんに軽く挨拶をするとダッシュで食堂から出て行った。追いかける気にはあまりならない。
「ちゃんどうしちゃったの?」
ジェリーさんが再度首を傾げる。
「えぇ。まぁちょっと」
勢い良く閉められたドアを眺める。
注文口の向こうからふーんとかへーとか疑問符付きで言葉が帰ってきた。
「スミマセン、お腹空いてきたんで何か作って頂けませんか?」
「いいわよー! 何がいいかしら?」
「…………青柳を使ったものなら何でもいいです」
最初はアレンに「貝の方じゃない青柳が食べたいです」とかセクハラ発言させる気だった。
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